*潜在能力点火法

 これは、*三木野吉(本名 渡辺泰男)の著書のタイトルです。
「潜在能力点火法」、同「開門編」、同「理論編T」、同「369編」、よりなっています。

 このホームページは主にこれらの著書からの抜粋、説かれている理論、著者の講演等をもとに作られています。更に関係者の深いご理解と、“光”を探究をしている方々のご協力によります。
しかし、単なる本や理論の紹介ではありません。それは実践なしでは“光”は理解できないからです。ヒントしか残されていない事柄もたくさんありますし“光”理論の発見者は既に他界していて直接聞くことは出来ません。
そのため制作者が細部まで検証し矛盾ないと納得できる事柄しか載せていません。全て(物質世界、“光”世界)が“光”で出来ています。一個人が知りうる事柄は極限られたものでしかありませんから、このホームページが完成することはあり得ません。


 いったい、これは何なのだ?

とお思いでしょう。ちょっと見ただけで占いや性格判断と勘違いされる方が多いようです。勿論それらのことも出来ます。しかし目的はただ一つ、己自身心の調和です。また一種の瞑想法と思われる方もいるようですが、瞑想法ではありません。
 “光”(心の世界)はもはや精神世界のものでなく、科学の世界に於けるものとなって来ました。現代科学(物質のみを対象とした科学)を超えた21世紀の科学です。勿論、心は科学的に探求されています。しかしその多くは、物質文明を基盤(物を主体)にした限られた範囲の科学でしかありません。唯物的な事象の捉え方の現代科学では「物」でない「もの」を説明することは出来ないのは当然です。

 「これは科学です」というと、アレルギーを起こす方がいます。しかし決して難しいものではなく、単純で明快、故に矛盾のないものが科学なのです。

 確たる理論の裏付けがありますが *“ひかり”の計算、更に調和法を行うのに理屈は必要ありません。また、宗教ではありませんから信じる信じないも関係ありません。万有引力の法則を知らなくてもリンゴが木から下に落ちるように、誰がやっても、皆**同じ結果が得られます。それは科学だからです。
 そして科学に国境はありません。民族や文化の違いも関係ありません。世界中何処へ行っても 1+2=3 です。りんごは上に落ちません。


科学ですから

“光”に組織はありません、当然、会長とか会費、会則とかの、上下関係、金銭等の物質的制約、社会的制約はありません。また指導者も居ません
 “光”を知った、各自が己の意志、責任において“光”を探究するのみです。そして自己の調和をめざしながら“光”を人々に伝えさせて頂きます。

 誰も強要しません。誰も干渉しません。誰もが自由です。“光”(心)の世界に****上下は存在しません。ただ**方向のみが存在します。

 聖書、お経、など出てきますが「宗教ではありません」。聖書、お経というだけで拒絶反応を起こす方もいると思いますが、近代になる迄は宗教も科学も一つでした。

 特に聖書が重要な役割を果たしています。主に今まで謎とされ宗教ではあまり利用価値のない・・・?、部分が解明のヒントになっています。
これは単に聖書の新解釈というのではなく重大な発見です。意味不明のまま今まで残されて来たのにはそれなりの意味があったわけです。この世界に存在価値、存在理由のないものなど一切ないはずです。

 今迄あらゆる宗教、修行法等により多くの大聖が人類の共有の財産にすべく、自ら励み、自ら究め、そして最後に万人のものとしようと、しましたが人類の調和は果たし得ませんでした。だからといって宗教、信仰を否定する訳では勿論ありません。

 しかし、**光の境地に誰でもが容易に到達できるのが、“潜在能力点火法”この“光”のホームページです。限られた極一部の人々のものだった“光”の境地が全ての人類のものとなる時が来たのです。

 他の人のことは考える必要はありません。あくまでも自己の調和です。このように言うと何と利己的なとお思いでしょう。しかし、心の世界は****自力の世界です。他人が手を貸すことは一切出来ない仕組みになっています。他力本願は通用しません。ごまかしの利かない厳しい世界です

 けれども“光”は非常に強力なエネルギーですから、自分を**浄化すれば周りが浄化されて行きます。
そして“光”を理解し始めますと今まで既成の常識だけでみていたものが丁度裏側から、そのからくりを分かりながら見ている感じの世界が展開して行き、とても楽しいものなのです。
“光”による心の修行というものは厳しさがありません。楽しくなければ何処かおかしい(矛盾がある)と思って下さい。



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