いったい、これは何なのだ?とお思いでしょう。ちょっと見ただけで占いや性格判断と勘違いされる方が多いようです。勿論それらのことも出来ます。しかし目的はただ一つ、己自身の心の調和です。また一種の瞑想法と思われる方もいるようですが、瞑想法ではありません。“光”(心の世界)はもはや精神世界のものでなく、科学の世界に於けるものとなって来ました。現代科学(物質のみを対象とした科学)を超えた21世紀の科学です。勿論、心は科学的に探求されています。しかしその多くは、物質文明を基盤(物を主体)にした限られた範囲の科学でしかありません。唯物的な事象の捉え方の現代科学では「物」でない「もの」を説明することは出来ないのは当然です。 |
科学ですから“光”に組織はありません、当然、会長とか会費、会則とかの、上下関係、金銭等の物質的制約、社会的制約はありません。また指導者も居ません。“光”を知った、各自が己の意志、責任において“光”を探究するのみです。そして自己の調和をめざしながら“光”を人々に伝えさせて頂きます。 誰も強要しません。誰も干渉しません。誰もが自由です。“光”(心)の世界に****上下は存在しません。ただ**方向のみが存在します。 |
他の人のことは考える必要はありません。あくまでも自己の調和です。このように言うと何と利己的なとお思いでしょう。しかし、心の世界は****自力の世界です。他人が手を貸すことは一切出来ない仕組みになっています。他力本願は通用しません。ごまかしの利かない厳しい世界です。 けれども“光”は非常に強力なエネルギーですから、自分を**浄化すれば周りが浄化されて行きます。 そして“光”を理解し始めますと今まで既成の常識だけでみていたものが丁度裏側から、そのからくりを分かりながら見ている感じの世界が展開して行き、とても楽しいものなのです。 “光”による心の修行というものは厳しさがありません。楽しくなければ何処かおかしい(矛盾がある)と思って下さい。 |